Malorn's Diary
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埋葬された告白  僕が埋めた

   恋のさせた裏切り  混乱の代償

     世界でひとつの鈴  純白の音色  僕に恋した響き
                            僕のための旋律

          涙に震えて 君が僕に伝えた 

                  処刑された涙  君の声  僕が















6月10日
あれからもう どれくらいたったんだろう
最後に会ったのは いつ どんなときだったけ--
ねぇ君、僕はもうそんなことさえ覚えていないんだ
今、僕は天空と大地を見渡す山小屋にいる
ああ、ここは君も知っているね
ここには君の彫った文字がのこっているから
ごめんね、おぼえているわけではないんだ
ついきのう、教室の友人がここへ来て--
これは彼女のものだろう、と教えてくれたんだ
彼らはみな僕に気をつかって君の名を口にしない
だから実をいうと僕は君の名をここに書きたくても
書くことが出来ないんだ
でも それは僕にとってとても都合がいい
たとえ誰でも、君の名を
他人の口からなんて聞きたくないよ
あいかわらず子供だね、君ならそういうかい?
それとも --ああ、この話はやめよう
君をしらない僕が口にしていいことじゃない
そうそう なにひとつ覚えていないといったね
けれど僕はこうして「君」に向かって
このあて先のない言葉を書いている

こんなことを --いや、僕はたしかにそのことばを
君からもらったはずなんだ--
夢想であれ虚実であれ こんなことを
言ったら--どうおもうのだろう?
気が狂ったとでも思うかもしれない--
けれどそれは何ひとつ自らの真実、つまり
自分で知り、自分で確信することのできる
事柄を持たない僕にとって 他の全てのどんな
事実よりも大切なことで…
---ああ、そうなんだ、君が僕を愛していると…
確かに そう言ったはずなんだ
せめてこれを君にたしかめることができたら
どんなにか うれしいことだろう
--でも やめておくよ もしこれが嘘だったら
僕は過去をすべてなくしてしまうことになる
人間はみな、過去をもっているんだ
その上で今を生きる自分がある
けれど生きてきたはずの軌跡が何ひとつ
なかったら --僕はいつうまれたんだい?
ふりかえって、そこにあるはずの光がなっかたら
僕は又、あの冷たく薄暗い暗闇へ





















ひきずり もどされるじゃないか
まるで記憶喪失になったような気分だよ
この底知れぬおそろしさがわかるだろうか
こわいんだ --僕はいろいろなものをおそれている
何よりも君の存在が 僕の中から
完全に消えてしまうことを おそれている
そしてそれは あながち遠いことでもないんだ
もしかすると明日はもうこの言葉たちが
何であったか --忘れてしまうかもしれない
僕はこわい --恐怖が僕を
おしつぶしてしまいそうになる
けれどたったひとり 僕を救うことのできる君は
もう 二度と会えない人なんだね
君は 今 幸せだろうか?
僕を愛しているといった君が
僕なくして幸せになりえるのだろうか
もしそれがありえるとしたら
それは君が僕を忘れられた時だろう
--ああ これ以上話していると
僕は絶望にまけて 消えてしまうよ
どうかしてる --そう、どうかしてるんだ、僕は
これを書きはじめたのは
心をおちつかせる為だったんだよ
なんてあさはかなんだろうね
君のことを考えて 君のことを話して
僕がまともでいられるはずはないのに
また今度にしよう、 また、ここへ君に会いにくるよ
おやすみ      僕を愛する君
--------… おやすみ


6月12日
やっぱり どうかしていたんだね
最初に書こうとおもっていたことは
感情の波にのまれてほとんど記されていない
本当は 前のページを破りすててしまおうかと思った
非道く退廃的なことが書かれているからね
でも やめておいたよ
情けないけど 悲しいくらい本当のことなんだ
君のことも、僕の恐怖もね





















全部読み返してみて 今度はおちついているよ
書くべきことはたくさんあるんだ
順をおって話してみようか
最初のきっかけは Pからもらった一冊の本だ
これは彼女が君からもらったものだと言っていた
何もかも忘れているといっても きっかけがあれば
突然 思い出すこともあるんだよ
たとえば     この本のこと
君は とてもたくさんのことを知っていて
この山小屋でいろいろなことを教えてくれた
それを 思い出したんだ
それから急に興味がひかれて
S教師にお願いして書庫に入れてもらった
そこで --ああ、
君は知っているはずだね
I・Eという皇帝陛下付の高位士官を
覚えているかい?  彼に会ったんだ
Iは僕らの一連の騒動を知っていて
君が読んでいたという本を紹介してくれた
それに心をうたれてね
この本に気持ちを つづることを決めたんだ
気に入った言葉がたくさんある
これからは それもここに記していくよ
そうそう Pからもらった本だけど
--題名を「エヴァンジェリン」といった--
あの本はもう少し いろんな本を読み込んでから
手をつけることにするよ
時間はあるんだ  騎士見習いの修行も
まだまだ 当分続くしね
だから書頭のかきかけの言葉も
近いうちに完成させようと思う
ああ  君は異国の地でも
相変わらず 魔法の言葉を口ずさみ
多くの愚かな人間の糧となっているのだろうか
僕にはとどかないのに
あまりにも 遠くて 遠くて
何も とどけることができないよ
君は  どこにいるの






















『君は僕という人間が苦悶から放縦な空想へ、
 甘い憂鬱から破滅的な激情へと移って
 行くのをいやというほど見せつけられてきたんだから』
『ある知り合いができたんだ、ひどく大切な。
 僕はね--わからない
 --僕は満足だ、幸福だ、だからさ、語り手としちゃ
 しごくふてぎわなんだ。
 天使、かな。--陳腐だ、陳腐だ、誰だって
 好きな人をみんなこういうからね。でも僕には、
 その人がどんなに完全か、なぜ完全か話せはしないんだ。
 --こんな文句はみんなけがらわしいおしゃべりだ。
 くだらぬ抽象語だ。あのひとの人柄を露ほども
 現しちゃいない、またこの次に --いや、
 この次じゃだめだ、今すぐに話そう。  』
6月13日
広い大地だ 無限の空と草原
あまりにも美しすぎて その光に刺されるようだ
全方向に地平線が横たわり
人の生活の気配などかけらも感じられないのに
苦しいほどに 限りない生を感じる
空には星が瞬いている
無限の空は星の光だけではあきたらず
独りぼっちの僕を吸い込もうとその両腕を広げる
僕は震える体を大地にすり寄せて
その草と木と土をたたえる大地にしがみつく
君もこの空を見上げているのかもしれない
けれど あの不確かな未知の暗闇よりも
きっと君につながっているこの大地にしがみつく
僕は何度か自らの死を考えてみた
この身を捨てれば千年や二千年など
すぐに経ってしまうんだろう
そうすれば君に会えるかもしれない
でも僕の体は --僕という存在は
君いない世界で成り立つほど
強くはないんだ





















だから僕は全ての罪と苦しみを糧にして
この大地に  君にしがみつく
そして その代償に
とどまることを知らない この涙を
君に  やさしく与えるんだ


『今日のうちにまたお目にかかりたいと頼んで僕は
 辞去した。Lは承知してくれて、今
 出かけてきたところなんだ。さあ そのときから
 太陽も月も星も僕にはどうでもよくなってしまっ
 たんだ。昼も夜もあったもんじゃない。全世界が
 僕のまわりから消えうせて行く   』
『 --ああ、Lよ、お前のために僕は生きなければ
 ならない   』
『「Lはどうです」なんて僕に聞く人がいるんだから、
 あきれれてものが言えないよ。--「どうです」とは。
 僕はこの言葉を死ぬほど憎む。Lが気に入って、
 Lがその人の全身全霊をいっぱいにしてしまわない
 ようなやつがいったいありうるだろうか 』
『「会えるぞ」朝眼をさまして晴ればれとした気分で
 きれいな太陽を見るとき、僕はこう叫ぶのだ
 「会えるんだ」と。さて、一日中、ぼくにはそれ以外の
 何の望みもあったもんじゃない。一切合財みんな
 この希望の中へのみこまれてしまう  』
6月15日
おはよう、今日は朝早くにここで
ペンを取って この文をつづっているよ
来たのは昨日の夜遅くだったんだけど
いつのまにか眠ってしまっていたんだ





















ここに書くべきかどうかずっと迷ってたんだよ
なんだか言い分けがましいことになりそうで
でも決めたんだ 書くことにした
きっと君なら 僕のほんとうの気持ちを
わかってくれると 信じているから
内容は つまり 本のこと
小説というものを読むようになってから
まだろくに月日もたっていないというのに
こんなことを言うのもおかしいかもしれないけどね
僕がここに書く言葉と
本に記されている美しい文句とが
妙に似かよってしまうことがあるんだ
しかもそれに気づくのは
いつも僕がこの本を書いた後
つまり 後から本を --いや、わかりやすく言おう
小説を読んでいくと
似たような節にあたってしまうんだよ
別にそれ自体が嫌なわけではなく
ただ君に
僕が ここに記している言葉たちが
借りものでないことをわかっていてほしいんだ
僕の言葉は いつも つたないけれど
確かに 僕の言葉なんだよ
何と言えばいいのか…
ほら、こうしていても次の文句に困ってしまう
言葉っていうのはつきつめて言えば
みんな物事の名前だろう?
でも一定の型にはまらないものはたくさんある
それを無理矢理枠にはめこんで
名前をつけてしまうんだからなぁ
まして 感情に名前をつけるなんて
--でも僕はそれによって
ここにこうして文をつづることができるんだが
それは  たまらなく --いたたまれなくなる
僕の気持ちは 僕だけのものなのに
それを記す言葉は決して僕だけのものではないんだ
ああ もしも   もしも--
だめだ、言ってはいけないことはわかっているのに
願っても無駄なのに
僕はいつも この空想に心を惑わされる





















ねぇ 聞いてくれよ
もしも  --もしもだよ
僕が君に
君に会うことができたら
こんな思いはしなくてすむだろう?
僕は君を前にして
君の目を見て
君の呼吸を感じて
君の生を全身に受けて
この世の光という光の友人となり
痛いくらいのやさしさで
君のすべてを想うんだ
それだけで 後はもう 何もいらないのに
本当だよ 何も、何ひとつも だ
だって どちらにしろ
僕には君がいなければ
はじめから、意味のあるものなどないんだから
----ああ くやしいよ、どうして--
どんなに 苦しんでも苦しんでも苦しんでも
君に会えない
君にふさわしい言葉を つづることができない
何て言えばいいの
どうすればいいの
どこにいけばいいの
どうしたら --せめて せめて
僕の想いを この冷たく白い紙に
書き残すことができるの
君は何が欲しいの
どうかその望みを伝えて
そうすれば 僕はその小さな願いを
一生かけてかなえるよ
ごめんね
僕は自分の愛する人が 何を求めているかさえ
わからないんだ
かなしいよ
つらいよ
苦しいよ
無知は罪だ
僕は その罪を  君のための罪を
ただ 償うために--





















『--ねぇ、w(友人の名)、僕も時によると
 さっそうと奮起する勇気が出てくるのだ、が、
 さて --どこへ行けばいいんだ。それが
 わかりさえしたら、むろん行くんだが』

『この世で愛情ほど人間というものを必要とするものは
 ないことだけは確かだね 』

『ご機嫌よう  すばらしい夏だ
 僕はよくLの果樹園で果物をとる。
 長い竿を持って木に登って高いところの梨をもぐ。
 Lは下に立っていて、僕の落す梨を受けとる』

『この狂気のような果てしのない情熱は何だと
 いうのだ。僕の祈りは彼女以外の何ものにも
 向けられていない。僕の想像力は彼女以外の
 誰も姿を現さぬ。周囲のいっさいも、ただ
彼女との関係だけで意味を持ってくる。
実際 それが僕に数々の幸福な時間を与えてくれるのだ』
6月16日
最近 自分の行動が緩慢になってきたことが
よくわかる  理由はわかっている
意味がないんだ
何のために生まれ、生きていくのか
大切なことがわからなくなってしまった
僕は君と共にいた、君を知っている僕を知らない
そして君に恋焦がれる僕が
君のそばにいるその様子を知らない
だから こんなことを言えるのかもしれないけど
君という存在を得た僕が
たとえこの世で一番の苦しみを受けるとしても
僕はその苦しみも痛みも喜びも
すべて君の前で感じたいんだ
だって たった今僕がここで





















心臓にナイフをつきたてられたとしても
それが君に全く関係のない出来事で
君の存在を少しも感じさせてくれないのなら
僕はそれを 痛いとも苦しいとも
感じることができないんだよ
ああ、 だからね
もし君が、君の願いが
僕を望むのなら、ね
心配しないで 僕のすべてはもう君のものだ
僕は君以外の誰にも所有されない
消えそうな過去も 狂おしい現在も
君が望むのなら
僕の未来さえも すべて 君のものだよ



『神よ、君たちふたりに祝福を垂れたまえ、
 私にお恵みくださらなかった幸福な日々のすべてを
 君らに恵まれんことを 』
『僕だけがLをこんなにも切実に心から愛していて、
 L以外のものを何も識らず、理解せず、所有しても
 いないのに、どうして僕以外の人間がLを
 愛しうるか、愛する権利があるか、僕には時々
 これがのみこめなくなる  』
6月17日
うわさを聞いた
いや --うわさじゃない それはすべて真実だからだ
でも そんなことはどうでもいい
全部壊された
何もかも カケラも残さずやられてしまった
今 こうしてこの言葉を書いているのは
僕をかきたてる最後の絶望だ
息がつまる 身体が熱い 胸が苦しい
こんな理不尽を 僕は耐えられそうにない 





















『僕の報告に誇張はない。美化もない。むしろ控え目
 すぎたといってよかろう。僕がありきたりの道徳的なきまり
 文句を使ったので、話が雑になってしまったかと思う。
  だからこの愛着、この信実、この情熱は詩的創作
 じゃない。それは僕らが無学だの粗野だのという
 階級の人たちの中に、きわめて純粋に生きているんだ。
 僕ら教養ある人間は-- 実は教養によって
 そこなわれた人間なんだ  』     

『僕は実にいろいろなものを持っている。しかし彼女を慕う
 心が いっさいをのみこんでしまう。
 僕は実にいろいろのものをもっている。しかし彼女なく
 しては いっさい無となる 』

『「Lを僕に」と祈ることはできない。けれど しばしばLは
 僕のもののような気がする。「Lを与えたまえ」とは
 祈れない。ほかの****--(原本において削除)
                   *削除部分注

熱い  激しい
圧迫

息が  どうして
暗闇  恐怖  苦しい

やりきれない
 痛い痛い 痛い!!


こんな どうにも
震え めまい 破壊

いやだ やめろ どうして

たすけて たすけて たすけて!!!

とまらない!!たすけて!!!