Malorn's Diary
−3−



僕がここにいる理由
  君を忘れるため
   痛みから逃れるため
    君を守るため
      君が欲しい   欲しい



  頭が…  痛い
















7月28日
今日は ずっと彼のことを考えていた
あの、失った、けれど今でも大切な友人のこと
彼は今 どこにいるのだろう
生きているのだろうか
彼と共に消えた女の人はどうなったんだろう
彼の苦しみは 彼の血の呪いだった
彼は そのためだけに、それだけでつくられていた
やさしくて、きれいで、人を魅了するあの姿
あの魅力の源泉が少なからず僕の中にも存在する
それは明らかな呪いの印として
僕の中にたゆたう
この血は呪いだと誰かが言った
でも純血でないのなら 大丈夫だと…
何が大丈夫なんだろう
なら、純血だった彼には何があったんだろう
この血と体と精神は  呪われているんじゃなくて
それ自体が呪いそのものなんだ
以前、彼がそう言ったことがある
彼の生活は全て管理されていた
もちろん、僕との会話も、すべて
彼は呪いの意味を知っていたんだ
だから 苦しんでいた
僕の知らないところで
誰も知らない 彼の全てで苦しんで…
僕にもやがてそういう日がくるんだろうか
あんな言葉 なんの保証にもならない
僕は 恐れている
いろいろなことを恐れている
そして僕自身を 恐れている
そして 今日も
今夜も
今夜も






















『生き且つ愛さなければならない。
 命も愛も終わりがある。
 運命の女神よ、この両者の糸を同時に
 切ってください。         』     
12von Goethe     

『どんなことが真理とか寓話とか言って、
 数千巻の本に現れて来ようと、
 愛がくさびの役をしなかったら、
 それは皆バベルの等に過ぎない。  』
12von Goethe     

『少年のころは、打ちとけず、反抗的で
 青年のころは、高慢で、御しにくく、
 おとなとなっては、実行にはげみ、
 老人となっては、気がるで、気まぐれ!--
 君の墓石には こう記されるだろう
 たしかにそれは 人間であったのだ   』
12von Goethe  
7月31日
ここにひとりでいると
たまらなく 心細くなることがある
寒くて さみしくて せつなくて
僕は眠りにつくたびに
全てを失って生まれかわる
僕がひとつの生命としていつもいられるのは
毎日 僕という人格に触れてくれる人達のおかげだ
僕は あの大事な友人達の記憶を失って
何度となく朝を迎えてきた
けれど 彼らは 僕を覚えていて
一日とおかずに僕に声をかけてくれる
あたりまえなんだ
そんなことは あたりまえなんだ
けれど
それができない僕には
「そんなこと」がうれしくてたまらない
僕は彼らなくしては生きていけない
血の呪いが促す邪な欲望も
彼らによって満たされている
心の支えであり、安らぎであり --糧である






















でも僕の生にはひとつ間違いがある
人は 人に頼り、人と共にあり、
人と支えあわなければ生きていけない
時には与え、時には施し
 時には奪い、そして恵まれる
望もうと望むまいと それは人の理だ
けれど僕は もうひとつ罪を犯す
僕の生は人を欲する
激しい、醜悪な渇望が襲いかかり
絶えず僕を汚していく罪を強要する
僕はそれを貪り犠牲にして生きている
「そうしないと 生きていてはいけないんだ」
僕の中の誰かがそう言ってその罪から目をそらす
いけないんだ
悪いことなんだ、僕が生きていることは
けれど その言葉は僕の真実のひとつだ
単なるこじつけとか言葉遊びの逃げではなくて
本当にそうなんだ
誰が罪と決めたのかもわからない
ただ 僕の体に流れる血が
その呪いの言葉をささやくのが聞こえる
そうして僕はまた
人でないものになっていくのだろうか



『人間はけだかくあれ、
 情けぶかく やさしくあれ!
 そのことだけが、
 われらの知っている
 一切のものと
 人間とを区別する      』     
27von Goethe        

『美は、隠れた自然の法の現れである。
 自然の法則は、美によって現れなかったら     
 永久に隠れたままでいるだろう     』
53von Goethe    

『「なぜ、私は移ろい易いのですか。おお、






















 ジュピターよ」と、美が尋ねた
 「移ろい易いものだけを美しくしたのだ」と、     
 神は答えた』     
73von Goethe     



8月3日
欲しくて  欲しくてたまらない
全身が --皮フも のども 目も 頭の中まで
ひどく渇いている
たった一日でこんなになるなんて
けれど 僕はたえなければならない
いや たえたい、と望んでいる
僕は 自分が、自分の信じている、
知っている僕であるという真実が欲しい
その為に  僕はたえている
たえてみせる
僕は彼らを愛している
支え、又支えられて生きていきたい
犠牲になんてしたくないんだ
僕はたとえ一時でも
君が望んでくれた僕でありたい
今までと変わらず
これからもずっと
彼らと、自分と
君を愛している僕でありたい



『わたしたちの胸の清いところに、
 より高いもの、より清いもの、知られざるものに
 感謝の念から進んで身をささげようとする
 努力が波うっている。そして永久に名づけられぬ
 もののなぞを解こうとする。
 わたしたちは、それを敬虔であると呼ぶ。   』     
74von Goethe     

『われわれが不幸または自分の誤りによって陥る
 心の悩みを、知性は全く癒すことができない。
 理性もほとんどできない。時間がかなり






















 癒してくれる。これにひきかえ、固い決意の活動は
 一切を癒すことができる            』
84von Goethe     

『愛のもたらす犠牲は
 あらゆる犠牲の中で最も高価なものだ。
 だが、自分の最も独特な点に打ち勝つものは
 最も美しい運命にあずかる        』
133von Goethe   


8月6日
苦しい
苦痛が --とまらない
これは なんだろう
痛むのは僕の体なのか?
この圧迫は僕の肉体に起こっているのか?
頭がわれるようだ
脈がひどく 全身をゆるがす
眠れない
眠れない
真暗闇の部屋に
僕の呼吸が荒々しくひびく
眠りたいのに
どうして --こんなに
何度も何度も
僕の拳がカベをたたいている
力は入っているのに ひどく弱々しい音で
僕のこころが押しつぶされそうになっている
いらだちとあせりが ひどく----
眠りたい
眠りたい
このまま朝が来なくても
何の不思議もないくらいだよ
僕はいつまで
僕でいられるんだろう
別れたくないのに
誰とも
もう  別れたくないのに






















『自分自身をなくしさえせねば
 どんな生活を送るもよい。
 すべてを失ってもいい、
 自分のあるところのものでいつもあれば』
127von Goethe        

『君の値打を楽しもうと思ったら、
 君は世の中に価値を与えなければならない』
144von Goethe       

『そうだ、全くぼくは一個の旅人、地上の巡礼に
 過ぎない。君たちはいったいそれ以上のものか』
158von Goethe     


8月10日
やらなければならないことができた
教室の友人達と共に明日その作戦を実行する
体調は悪くない
--そう 思う
精神と肉体の疎通がうまくいってないのか
自分の精神の異常が肉体に表れない
たぶん 表れていないのだと思う
こういうのを体調が悪いっていうのかな
どちらにしろそんなあいまいなことじゃ
作戦を放棄する理由にはならないだろう
少し、慣れない土地へ行って
情報を集めてくるだけだ
破壊活動も多少はあるけど
人的被害は絶対にでない
滞在は一週間程だろうが不定期だ
うまくいけば僕はその地で
生まれかわるかもしれない
期待はしない
でも希望は捨てないでおくよ
僕はここにいる
いつの日か
それを 君に伝えたい






















『あれは早すぎた夢だった、気違い沙汰だった、
 拷問だった、その間、あんたは、おお、僕の可愛い
 伴侶よ、僕の残酷な仕事の勇敢な助手よ、
 あんたは自分の手を噛み続けていたものだ。
 あれはあんたにとって多分忌まわしい夢だったに違いない、
 僕にとっては無上の汚辱、急に孤独地獄へ
 落ちたよりもっと辛い逸楽だった  』

『英雄でもなければ、死刑執行人でもない…
 苦痛の僅かばかりと喜びの僅かばかり…
 僕が彼女に与えたのはこれだけでしかなかった
 ただ これだけでしかなかった  』
9月8日
人が天に望まれるように生きることを望む時
その御手に聖書があるように
自らが欲するところを満たそうとする時
その瞳には強い意志が宿るならば
この銀に
この 最も美しく僕を汚す忌わしい装飾に
自負と誇と勇敢の輝きを見出さんことを
恐によって無意味に費やされた全てを
その恐で克服し手に入れるべき奇蹟へ捧げよ
迷いも痛みも絶望も後悔も破滅さえもだ
そして僕の悲惨を罪とした全てのものよ
見るがいい
僕はこんなにも その裁きをくつがえし
自らの強い意志に生きるための多くを持っている
僕はこの世で最も敬虔なこの詩を
彼の奇蹟に捧ぐ



『自分の一生の終わりを初めと結びつけることの
 できる人は最も幸福である         』






















『苦しみが残していったものを味わえ!
 苦難も過ぎてしまえば、甘い    』
125von Goethe    

『自分の属するものから脱することはできない。
 たといそれを投げ棄てようと        』
128von Goethe