Malorn's Diary
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1月11日
お願いです、もうこれ以上遠くへ行かないでください
僕の中から消えていかないでください
僕は君のこと なんにも知らない
はじめっから 僕の中には君は全然いない
あるのは ただ いとおしさばっかりです
僕は どんどんおかしくなる
 失ってばかりでおかしくなる
君のことばかり考えるんです
君のことばかり好きなんです
考える ばかりしていて
もう 何にも でてこなくなっちゃったんです
それでも僕は
同じこと ずっと くりかえす
君のこと     くりかえす
          くりかえしてる
君なしではだめなんです
君なしではだめなんです
 どうしても  だめなんです























" Das Veilchen   すみれ
野に咲くすみれ
うなだれて、草かげに。
やさしきすみれ。
うら若き羊飼の女、
心も空に足かろく、
歌を歌いつ
野を来れば。

「ああ」と、せつない思いのすみれそう     
「ああ、ほんのしばしでも、
野原で一番美しい花になれたなら、
やさしい人に摘みとられ
胸におしつけられたなら、
ほんのひと時でも」

ああ、さあれ、ああ、娘は来たれど、
すみれに心をとめずして
あわれ、すみれはふみにじられ、
倒れて息たえぬ。されど、すみれは喜ぶよう。
「こうして死んでも、私は
あの方の、あの方の
足もとで死ぬの」
同日、夕刻

どうしても だめ なん、です
ぼくは だめ に  なる

あいたい のに

アリサ


どうしても、ああ、
どうして  だめ  なの?























『真実のもの!ああ主よ、どうかその幸福が、
 わたしたちにとって真実のものでありませんように
 わたしたちは、もっと他の幸福のために生まれて
 きたんです…   』     

『君は、なぜ自分で自分の翼をもぎとろうと
 するのだ?』
『信じなければならないんですもの
 勝りたるもの!J、あなたそれを
 考えてみたことが
おありになる?
 勝りたるもの
 さようなら!
 もうここまでにしてちょうだい。さようなら、
 愛するお友だち。これからあの――
 ≪勝りたるもの≫がはじまりますの』
1月16日
夢を見るのは簡単
けれど僕はそれを見たくはない
現実でなくていい
けれど、痛くても、それが欲しい
唇 愛情 指先 約束
約束なんてしてないね
でも僕は願うんだ
いろんなお願いをする
約束をする
君とのあいだにはなくても
お願い、だなんて
誰に願うの?
神様に?
でも僕は神様にあげるものをなんにも持ってない
だってもう全部とりあげてしまったでしょう?
どうして僕をこんなに苦しめるんでしょうか
なにも知らない、見たこともないひとを
こんなに焦がれて、何の意味があるの?
僕が神様に、もらったのは苦痛ばかりだ
欲深く、傲慢な神様  あなたが憎い























けれどもしもあなたが
この苦痛を 僕から奪ったら
聖なるかな、とうたわれるその両手を
僕の――あなたが呪ったんだ――
この淀んだ銀の血で汚してやる



『今まで抑えていたつもりの思わせぶりが、
 また勢いを
取り戻したというのだろうか?
 そうだ、わたしは、
この日記を、
  自分の魂にその前でおめかしを
させるための、
  うぬぼれ鏡にしては ならないのだ』   

『ところが今、わたしは自分とはうらはらに
  あの人を
呼んでいる。あの人がいないと、
  新たに目に触れる
すべてものが、
  わたしにとってわずらわしく思われる…』

『そして、わたしにはいま、自分のねがっているものが
 幸福そのものなのだろうか、それとも
 むしろ幸福への
歩みなのだろうか、と考えている  』


2月2日
処刑台の上
僕は神の見せた逸楽の夢から覚める
最後の言葉
僕は全ての恋と愛情のなせる傲慢な詩(うた)を吐露し
君から贖罪の剣をたまわろう
僕の声 僕の言葉
僕を嘲笑う人々
人に尊ばれても意味がない
君に聞こえなければ意味がない
意味?
意味など必要ない
君以外、必要ない























『ああ主よ、あまりにすみやかに到達できるような
 幸福から遠ざけたまえ! わが幸福をして、
 主のいますところまでさすらせ、その来たることを
 おくれさすすべを教えたまえ  』
『ときどき、あの人の話を聞いていると、自分の考えを
 見ているような気持ちがする。あの人は、わたしに
 向かってわたしを説明し、わたしというものをあばいて
 見せてくれる。あの人なしで、はたして、わたし自信が
 ありうるだろうか。わたしは、ただあの人がいるため
 に存在しているのだ…
  ときどき わたしには、自分があの人に感じているものが、    
 いわゆる恋なのだろうかと考えてわからなくなる。一般に
 人が恋について述べているものと、わたし自信の考える
 ものとは、それほどに違っているのだ。わたしは、そんな
 言葉は口に出さずに、また自分では愛していることに
 気づかずにあの人を愛していたいと思う。とりわけ、あの人に
 知られることなしに、あの人を愛していたいと思う     』
2月7日
君を想い焦がれる僕は
やさしく あたたかくあり 秩序を識り
またやわらかな静かを愛す
君を恋しく想うことを許されるようにと
僕は羽毛の心地をこの身に頼む
君のために 君を愛する
君がそうあったように
僕はとてもたくさんの慈愛を行う
君が愛される人は
なんとやさしいひとであろうか
僕は君を愛する人はこうあるべきと信じるそれに
自分自信がその名を冠することができるようにと
願っている
その理想の なんという光
      なんという喜び
けれど現実の僕は
君を思うと他の何もできなくなる
心が盲になる
言葉が聡明さを失う
人の礼節を忘れる























想いが募れば募るほど
僕のすべてが支離滅裂になる
理想からどんどん離れていく
まるで この心の漕ぎ手は
君という太陽に近づかんために
その光を見すぎて目をやられ
こんどは肌に感じる熱を頼りにして
火の海に呑まれていくかの様だ…



『あの人なしで暮らさなければならないとなったら、
 何ひとつわたしに喜びをあたえてくれるものは
 なくなってしまう。わたしの徳も、まったくあの人の
 気に入られたいがためにほかならない。
 それでいて、あの人のそばにいると、その徳が
 崩れそうになる                 』   
『いいえ、J、いいえ。わたしたちの徳が努力を
 傾けるのは、それは将来のむくいといったものを
 想ってではないんですの。わたしたちの愛が求めて
 いるのは、将来のむくいではないんですの。自らの
 辛苦にたいする報酬といった考えは、よき魂にとって
 それを傷つけるものなんですわ。徳はそうした魂に
 とっての装飾物ではありませんの。それは、そうした
 魂の美しさの形そのものなんですの   』

『今にして考えてみると、わたしが≪完璧を志した≫と
 いうのも、すべてあの人のためなのだった。それなのに、
 その徳を全うするため、あの人のいることが妨げに
 なるとは。ああ主よ、これこそ主の御教えのなかに
 あって、何よりもわたくしの魂を戸惑いさせるところの
 ものでございます                  』

2月12日
人の祈りがなければ 神でさえ滅びるんだ























君の祈りの言葉が聞こえない僕が滅びても
何の不思議もないだろう



『美徳と愛とが溶け合っているような魂があったと
 したら、それはどんなに幸福なことだろう!おりおり
 わたしには、愛するということ、できるかぎり愛し、ますます
 愛するということをほかにして、はたして美徳というものが
 ありうるだろうか疑わしくなってくる。…わたしには
 ときどき、悲しいかな、得というものはただ愛に
 対する抵抗だとしか思われなくなる!あろうことか!
 きわめてあるかままの心の傾きを、あえて≪美徳≫と
 呼ぼうというのだろうか!ああ、心を誘う詭弁よ!
 もっともらしい誘惑よ!幸福の陰険なまぼろしよ!』  
『ああ、愛によって、そして愛を立ちこえて、わたしたち二人の
 心を導くことができるのなら!…… 』
『ああ、今わたしには、このことがわかりすぎるほどわかって
 いる。神とあの人とのあいだには、わたしだけが障害に
 なっているのだ。もし あの人が言ったように、最初
 あの人のわたしに対する愛が、あの人を神のほうへ
 導いたのだとすれば、今あの人の妨げになっている
 ものも、またその愛の気持ちなのだ          』