Malorn's Diary
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2月15日
僕の想像力は君のことばかり映しだす
消えて行く記憶に制限などないのに
思うのは君のことばかりなもんだから
ときどき 僕は君の偶像を愛しているんじゃないかって
心配になったりするんだ
とはいえ 実際には僕がほんとうの君を
ほんのすこしだって知るはずがないんだけどね
友人達の会話や夢の中の物語や
たくさんの本の中にまで
僕は君のことさがしてる
























みつかったことは  … 全然ないけど
「探す」こと自体無理があるんだから
しょうがないかな
ああ、今日はいくぶんか理性的に
書けているように見えるだろうか
最近僕は頭痛がひどい
君のことを考えると頭がしめつけられる
君のことを書こうとすると手がふるえる
僕の見ている風景に君の姿を(それこそ偶像だけど)
思い浮かべようとすると、目が痛む
つまり 理性的に見えるようなことしか
書けないんだ
僕は まだ一度だって君の名を口にしたことがない
もしも それをしていたら 僕はどうなっていたろう   
きっとこの痛みの奥にいるもう一人の僕が
その異形の者のもつ本能で
君を探しにとびだしていくだろうね
ねぇ、わかるかな
この冷静な言葉を
僕が どれだけ必死に記ししているか
どんなに涙をこぼして
どんなに身をよじって この本にしがみついているか
わかるかな
気違いみたいに
狂ったみたいに君に焦がれる僕を
今日みたいな僕の言葉から
君はわかるのかな
君が僕と共にあった時
君は こんなに こんなに こんなに こんなに
僕を  僕のことを
こんなにも ??
    ああ ――…すまない 痛みが非道い
       耐えられそうにない、また、今度に…  


『あの人はわたしにこだわり、神よりもわたしを愛し、
 しかもわたしは、あの人にとって一つの偶像に
 なってしまい、
あの人が美徳へ向かって
 もっと深く歩み入ろうと
するのを引きとめている』






















『わたしたち二人のうち、どちらかがそこへ到達しな
 ければならないのだ。そして、主よ、わたくしの
 怯儒な心は、とても愛に打ち克つことが
 できないのでございます           』     

『どうかわたくしに、あの人にもうわたくしを愛さなく
 なるよう説きさとす力をおあたえください。
 そういたしましたら、このわたしの功徳のかわりに、
 さらに立ちまさるあの人の功徳を主の御前に
 捧げることができましょう……それに、今、
 わたくしの心があの人を失うことで泣き悲しむに
 いたしましても、やがて、主のうちにあの人を
 見出すことになるのではありますまいか……』


2月21日
違うんだ
愛しい君、それは違うんだ
君は何も悪いことなんてしてないじゃないか
たとえ君の声が失われていても
君の唇が紡ぐ優美な絹の心地を
愛しく思わない者が いるだろうか
華麗な輪舞にゆれる指先の打つ波に
心奪われぬ生命があるだろうか
君を知らぬなら聞こえぬものだろうか
僕に聞こえぬものだと思われるか
そうではないんだ
それは ただ 思えば響かれる祈りで
瞳を閉じれば琴線の震えまで映るような
君はいつも うたっているから
君はあの時も
熱い恋しさでいっぱいで
僕を抱きしめたくてのばす腕を
せつなく空に踊らせて
高鳴る鼓動を押さえるかわりに
純白の鈴の音をうたった
それほど君は――
ああ、だって 今の僕にはわかるんだ
























恋をするのが どんなに
どんなに ――ああ、どれほどに
僕は今なら 世界一の歌手にだってなれる
きっとなれる
世界一の観客にだってなれる
あの時 最後まで聞かなかった君の言葉を
一言一句のがさず 聞かなきゃならないから
ねぇ だから君は何も悪くないんだよ
神様が祈りを受け入れなかったのは
届かなかったからじゃなくて
聞くことを怠ったからであって
だって神様が祈りを聞くのは
神様自身がそれを望んでいるからなのに
僕が愚かにも 君の祈りを聞かなかったのは     
まだ 自分の望みを知らなかったからで
確かに それは僕の望みだったのに
なぜ僕は あの時
震えて、前が見えなくなるほど
涙をこぼした君を
僕を愛していると言った君を――
僕は今でも
君を愛してる今でも
神様にはなれない
祈りを聞かない神様
君を愛さない僕
それでも 僕は今なら
世界一の僕になれる
それほど 僕は――…
ああ、だって いつでも君にはわかるんだから
いつだってわかるんだから


『主よ、お聞かせくださいまし、いかなる心にもまして、
 彼の心ほどに主に値したものがございましたろうか?
 彼こそはわたくしを愛することよりもっとすぐれたことの
 ために生まれてきた人ではございますまいか?     』
『幸福はそこにある、ごく手近に、とるがままに…
























 とらえるためには手をのばせばいい…
 けさ あの人と話しながら、わたしはとうとう
 犠牲をやりとげることができた。       』
『わたしにあの人から逃げさせる理性?わたしは、
 そんなものを信じない… それでいて、わたしは、     
 悲しく思いながら、そしてなぜ逃げるのか
 自分にもわからずに、あの人から逃げている   』
2月25日
僕だけが知らなかった
君は自身の任を果たした
友人達は僕に君のことを尋ねた
僕は君に尋ねた
君は、おさえきれずに、言葉にした
僕は
君が、泣いてた
やがて僕は本当の君を知る
君が
僕は、君を責めた
君は そして さよなら
何かを間違ったのはわかるんだ
でも どうすればよかったのかわからない
あの時の僕は真剣だったよ
単純に考えてたわけじゃない
僕は、本当に間違ったんだろうか
悪いことがすべて罪じゃない
でも
君が泣いてたんだ
悪くなくても
罪じゃなくても
間違いじゃなくても
僕にはそれで十分なんだ
苦しみ 痛み せつない ちぎれるような
熱くて しめつけられる くずれそうな程に
さみしい つらい 悲しい 息がとまる 涙がとまらない
君が泣いてたんだ
























それで十分じゃないか



『ところがだめなのです
 主よ、あなたが示したもうその路は
 狭いのです
 −−二人ならんでは通れないほど狭いのです 』    
La Porte Etroite196 A.Gide      


3月4日
僕がここにいるのは
僕がそれほど君を愛していないからだろうか
ここにじっとしていては
決して君に会えないのはわかっているのに
何もせずにここにいて
消えていく君を想像で補って
過去の君にすがりついて
一番信じられない自分の記憶だけ見て
そういう僕でいいと…?
不安なことばかりだよ
君を好きでいることさえ
僕にはそのやり方もよくわからない
僕が満たしたいのは僕自身で
君には何もしてあげられない
ほんとは君を満たしてあげなきゃいけないけど
でも それは今でも
僕に与えられた役だろうか
幼い頃
君を抱きしめることができなかった僕
君を救ってあげられなかった僕
君のことを好きではなかった僕
君のことを忘れてしまった僕
君のことを知らない僕
 恋に落ちた僕
僕は過去に恋をしたんじゃない
君にだ――友人が教えてくれる僕と君の話に?
「 君は
――…ああ ずっと恐くて言えなかった言葉があるんだ
























僕が愛しているのは
あの日みつけた――
枝に結んであった花ですか?
だって僕は今でも全部忘れたままで
あまりにも何も残らないから
ねぇ だって おかしいじゃないか
何も知らないんだよ?
それが どうして恋に落ちるっていうんだ?
君のこと何も知らないで
君のこと、
「 君は
ああ、恐いんだ 恐くて言えなかったんだ
考えるのも恐かったんだ
言葉にしてもだめなんだ
恐い、恐い、恐い
ねぇ 聞こえますか?
   聞こえますか?
届くかどうかじゃなくて、そういうことじゃなくて、
ああ、お願い、
聞こえて、お願い、一度しか言わない
「 君は誰ですか? 」

聞こえますか…?
どうしてこんなに恐いか わかるかな
どうして ずっと 言えなかったか
どうして
――…だめだよ、
こんな文字じゃ 全然伝わんない
僕、今 ひと文字書く度に眩暈がして
その度に、涙で目が見えなくなってる
読む時は目はどんどん先に進むだろうね
でも書く時は こんなにひどい顔で泣きながら
何度もペンを落として震える腕を押さえつけて
叫びたいのをがまんして――…ねぇ
君はわかるの?
ほんとにわかるの?
君は ほんとに
あの名前で
以前ここにいて
僕を好きだと言った、
























あの少女なの?
人に何を言われても
これだけは絶対わかりようがない
だから
もしかしたら … って
僕の伝えたいことがわかりますか?
僕が恐いのは何か
僕はね
君のこと何もしらないんだよ?
ねぇ、わかりますか
何もだよ?
だって それじゃあ…
ねぇ、 わかって、 お願い、
僕はそれをここに書きたくない
書いちゃだめなんだ、お願い、書かせないで
ちがう、 だめだ、 僕は
僕は君がわからないと思ってる
書かなきゃいけないって思ってる
だからこんなに恐いんだ
でなきゃこんなこと 書いたりしないんだ
君は言葉にしたらわかるのか?
それでもきっとわからないんじゃないのか?  
僕が恐いのは 言葉にすることじゃない
「言葉にしても君がわからない」ことを
知らされたくないんだ
ちゃんと 聞いていて
僕が言うことをちゃんと聞いて!!
今、聞こえてるのか?
ほんとは聞こえないんじゃないのか?
ほんとは”聞く”なんて
できなくて、
ほんとは 君は

全部全部


僕の


(以下ページが破り捨ててある為、判読不能