Malorn's Diary
−8−

 

記憶の中の君を
   食らって生きてる

 

もう 限界だ


















6月29日
いとしい
いとしい
けれど僕は
このいとしさが何なのかわからない…



『――美しい夏の夕方、山にのぼったら、
 ぼくもたびたび谷をのぼってやってきたのだと
 ぼくのことを思い出してください。
 そういうときは、夕日の差す中を風になびく高い草の
 向こうの、墓地にある僕の墓の方をながめてください 』


『――書き始めたときは落ちついていましたが、今は、
 子供のように泣いています、そういうこといっさいが
 ありありと眼前に浮かび上がってくるものですから――』

『こういうふうにして、わたしは死ぬための準備をしておきたい』
7月2日
君と最後に会った日のこと
もしそれが最後だと知っていれば
もう今日しか会えないのだと、知っていたなら
僕はどんなにか その日を
たとえ僕がその日君に恋をしていなくても
ありがとう とか さようならとか
伝える言葉はいくらでもあって
君をいたわるくらいの優しさは
持ち合わせていたはずなんだ
意図せず最後となったあのとき
あんな別れが
本当に、一度きりの別れになるだなんて
その時の君の姿 君の涙 君の言葉
君の声
ええ、覚えています
  おぼえています
――そう、言いたかった
心から、そう言えればよかった
ええ…許してください
君にまで嘘をつくようになってはおしまいです























これは僕のエゴです
嘘でもおぼえていると言いたかった
許してください 嘘でも君が欲しかった
僕のもっていないもの
君だけが僕にくれた あの小さな贈り物は
今でも 僕の中にあって
目も眩むほどに輝いています
けれど
僕はその光でどこをてらせばいいのでしょう
光はとても明るくて
僕の全部を見せてくれる
でも 君までは届かないんです
僕は どこに行けばいいのでしょう
僕には もう行き先がない
ただ あの痛みが導くままに
 迎えなければならないものがある
けれど また
さよならは言えないんですね

『L、今日会わなかったら、永遠に会えないことになるんだ。
 この手紙はクリスマスの夜 あなたの手もとに届く。
 あなたは震えて、この手紙を涙でぬらすでしょう
 死にます。死ななければならない。決心がついて、
 本当にいい気持ちです 』


『――心が動転し揺すぶられおびやかされかきむしられて、
 どうしたんだか、自分ではわからなかった――どうなるんだろうか
 ―死んでしまう、墓、こんな言葉はぼくにはわからない 』

『職人たちが棺を担いだ。聖職者は一人も
  随行しなかった                』

La Porte Etroite193 A.Gide


7月5日
何度だって繰り返すんだ
僕には自分の愚かしさなんてわからない
























お願いだから  あいたい
僕が死んじゃう前に
あいたい
死は僕にやさしくしてくれるだろうか
君よりもやさしく
…ありえないことを願うのが癖になってしまったらしい



『わたしは、まだ起き上がることができた。わたしは
 小児のようにひざまずいた…
 わたしはこのまま、ふたたび自分の一人であることを
 思い出さないうちに、すぐさま世を去りたいと思っている』

『あの人を涙で殺しました。  』
『もう私達はあえないでしょうか――あの世で一緒に
 暮らせないのでしょうか。たしかに、たしかに私達は
 この苦しみのすべてをもってお互いの罪の償いをいたし
 ました。あなたは現世をお去りになるときその輝いた
 眼で、遠い遠い永遠の世界を眺めていらっしゃるでは
 ありませんか!何がお見えになりますか。おっしゃって
 ください』
The Scarlet Letter328 Hawthorne



7月8日
どうしてこんなにいとおしんだろう
いつから僕はこうなってしまったんだろう
君ならしってるのかい?
僕を助けておくれ
君が僕を愛さず、ただ君という人がいただけであったら
こんなにもいとおしいだろうか
もうだめだ
これだけは失うわけにはいかないと信じ続けたものを
僕は自ら手離そうとしている
もう終わりにした方がいいのかもしれない
























『そして、再び自分の胸に、息の絶えた顔を押し付けた
 時に、しとやかに首をうなだれて、彼女は囁いた、
 『天の父よ、感謝し奉る』    』

EVANGELINE109 H.W.Longfellow



7月10日
あなたがくれるものを
今 全部 ぼくにください
今すぐじゃなきゃだめなんだ
もう時間がない
一生かけて あなたというひとが僕に与えようとしていたものを
ひとつのこらず 今 さしだしてください
死んだら 僕はそこで終わってしまう
何も持たずに ひとりになるのは嫌だ
僕の中の君を全部かきあつめても
全然たりないんだ
これは僕がしがみついていたカベが
つめの間に入り込んだ土くれでしかない

もう これまでです
僕は これまでです
あなたがいないというのに
僕はなぜ生きながらえていたりしたのだろう
遠くで そらをみつめているあなた
今 この瞬間だけ僕を思い出して
そして ときどき
足元に目をおとしたそこに
あなたの足にはいずりあがる虫がいたら
それを そっと土にかえしてやってください
僕はもう終わる
美しかった君の体を
傷だらけにして群集にさらすような
そんな愚行をこれ以上繰り返すくらいなら
死んだ方がましだ
だって僕は こんなになってもまだ
このきよらかで陰湿な妄想から
離れられずにいるんだから

























『万が一にもぼくがLに忘れられてしまうような
 ことがあったら、ぼくは気がふれてしまうだろう。
 ――A(Lの婚約者)、こう考えると僕は地獄に 
 突き落とされるような気がする。A,さようなら、
 天上の天使よ、さようなら、L、さようなら  』

DldjWerthers102 Goethe


7月13日
僕は今 君と離れることよりも
この死が君を悲しませることをおそれている
でもこんなことで 君の幸せは
少しだってこわれたりしないよね
君の徳といったものは
何よりも君自身が築いたものなんだから
けれど ほんとうは
君の幸せは僕が贈りたかった
そうしたら君は 僕の死を悲しんでくれるだろうから
僕は今 君の幸せを願うより
君の悲しみを願っている

なによりも恐れながら
けれど 他のどんなものより あなたの悲しむ姿
あなたが僕を焦がれ 身悶え
       悲しみに足掻く姿が恋しい
ああ 神様
これ以上あの方を汚す言葉を吐かぬうちに
僕の手をひいて 、どうか
その場所まで
たどりつかせてください



『僕はもう百遍もすんでのところで彼女の頸に
 かじりつこうとした。こんなにいろいろと親しさを
 見せつけられて、しかも手を出してはならないのだ。
 この僕の気持ちは神以外にはわからない。
 手を出すというのは、人間の一番自然な衝動だ。
 子供は眼につくものには何でも手を出すじゃないか。
 ――ぼくだけ別だというのか             』

























7月17日
なんてことだろう
僕の忘れてしまったものの中で
最も惜しむべきものはこれだったのだ
僕は君だけのものじゃない
何度も立ち止まり 倒れ込む僕の手をとって
肩を寄せて共に歩んできた仲間達
とても大事なんだ、彼らが
「その時」がいつくるのであれ
そこまで共に歩むのは彼らであり
最後に共にいるのも又、彼らなんだ
今、ここまできて
今の僕に一番大切なのは彼らなんだ
君は そんな僕をこそ愛してくれるよね
僕は彼らと共に生きたい
最後の瞬間が来ても
これだけは願い続ける――いや、それは願いじゃない
明確な意志だ
僕には共に生きる仲間がいる
アリサ 、こんなにうれしいことはないよ