Malorn's Diary
−4−



     しあわせになって

  『 私 』
『 しあわせ 』

『 あなた 』   

 

僕を守って

















『苦しみが残していったものを味わえ!
 苦難も過ぎてしまえば、甘い    』
125von Goethe    

『自分の属するものから脱することはできない。
 たといそれを投げ棄てようと     』
128von Goethe    


9月18日
君を想うことの不安
自身の未知についての疑問
あらゆる連糸への不惑
全てが納得いったわけでは 決して ない
けれど 何ひとつ変わらなくても
悩み、苦しみ、そして喜びを感じている僕が
ここにいることも変わらない
つらいことも うれしいことも両方ある
だから、ひとつでも多くの喜びを数えよう
たまらない不安に押しつぶされそうになる度に
僕はそれを乗り越えていく力を手に入れるんだ  
なのに、なんて弱いんだろうね
僕は まだ ――ああ
この 君を想う度に襲ってくる全ての感情に
少しもあらがうことができない
ほんとうはね
やっぱり すごく つらいんだ
ひどくせつなくて やりきれなくて
君を はなしたくなかった
   傷つけたくなかった
   変わらずそばにいてほしかった
君のことが知りたい
ほんとうの君を愛したい
僕の空想などで 君を汚したくない
でも、僕には、これしかないんだよ
 君のぬくもりを感じたい
 君の呼吸をたしかめたい
 君の声が聞きたい
 君の詩をよみたい
 君の言葉を知りたい























 君のしぐさを見たい
 君の喜ぶことをしてあげたい
 君の好きなものを知りたい
 君の瞳と髪の色を知りたい
 君の思い出を聞きたい
 君の目線の先を知りたい
 君の想いを聞きたい
 君の眠りを守りたい
 君の生を見ていたい
 君のせつなさをうけとめたい
 君のつらいことを助けたい
 君のかなしいことをなぐさめたい
 君の喜びの糧になりたい
 君の日常のひとつになりたい
 君の姿を見たい
 君の瞳に映る僕を見たい
 君のあの言葉を もう一度聞きたい
君に   君に会いたい
会って 君にふれたい
君が僕を知っていることを知りたい
そして君を愛したい
たとえ拒絶されても 僕は
苦しみも 喜びも 平穏も
全て 君に与えられたい
だから  君に会いたい
ひとめでいいから
一瞬でもかまわないから
会いたい
会いたいよ
苦しいよ
だって 僕は
僕は 君を愛しているんだ
恋しくて 恋しくて
もうずっと長いこと
そしてこれからも
君に焦がれて 生きていくんだ     



『A!ぼくが誰と結婚するというんだ?






















 僕が、君以外、誰も愛せないことを知ってるくせに』
『神は我らのために勝りたるものを備え給いし故に、彼ら約束のものを得ざりき』

『彼女の顔には涙があふれていた… この瞬間がわたしの一生を決定したのだった。 わたしは、今もなお苦しく思わずにはそのときのことを 思い出せない。』


9月24日
しばらく冷静になって君のことを考えてみるべきかと思う。前回ここにつづったこと、今読みかえすとあまりのなさけなさにたまらなくなる。これじゃあ子供のわがままだ。君を愛してることを僕のふがいなさの理由にしちゃいけない。僕はもっと強くならなければ

いけない。僕の努力や優しさや日々の生活やその糧は僕がすすんで君にささげる賜物であって、君を得んがためにこれみよがしに押しつける愚物ではないんだ。戒めは必要だ,特に今の僕には。ここにろくでもない陳腐な言葉ばかりかきつらねて君を汚すのは許されない。言葉というものはいつも僕を裏切り、不快にさせる。表面が美しい言葉ほど本物の、真実の透明なやさしさに装飾というキズをつける。いつのまに変わってしまっていたんだろう。はじめの頃はもっと――…純粋に、君と会話をするようなやさしさでペンをとっていたのに。僕はもうおいたてられる小さな獣のようにいつもいつもあせりと恐怖に圧迫されてついには押し出されてしまうこの言いようのない感情をただここにはきだしているだけだ。言葉はいつも痛みを伴って僕にきずあとを残す。鋭い刃となって誰かれかまわずきずつける。つくりだされるものはあまりにも完全に否定の念をつむぎあわせ思いやりも本物の純粋さもささやかな憂いもこわしてしまう。僕の言葉は。もう。つづることに罪悪さえ感じるようになってるよ。今なら彼の言った意味がさかる気がする。そう、今の僕はよりあの時の彼に近いものに感じる… つまり






















この体は呪いそのものであると言ったあの言葉が今の僕の真実であること。ならば僕のつくりだすものもまた、呪われているだろう。そして僕自身をもきずつけるんだ。言葉の刃は他の何よりも痛い。かすかに記憶に残った君の言葉も友人達の言葉も――…今の僕には切るような痛みがあって。変わってしまったのは僕なんだろう。けれどそれを想い返す自らの記憶ももう僕には残されていない。でもね、たくさんの言葉があるんだ。僕のまわりのやさしい人たちや――…君のことばは僕の悪い部分をその刃で切り落としてくれるような気がして…。重苦しい胸のわだかまりをとりのぞいてくれるような、 だから、だからね。―――ああ、ちくしょう又だ。僕はどうしてこんなに…  ――…この先は今は書けない。書いちゃいけない。言葉にしないでおかないと僕はこれを失くしてしまう。これだけは、何があっても失うわけにはいかない。
しばらくこの本から離れようと思う。
   
12月11日
ずいぶんと時間が経った気がする
でもその間の記憶が足りなすぎて
それはある意味では昨日のことのようだ
つまり僕のいちばん長い日を、ほんの一日、
とおりすぎてきただけのような、不思議な感じ
ここに記されていない日々を僕がどんなふうに
すごしていたかを話すことはできないけど
ただ、今僕はここに文字をつづっているという
事実はあるわけでたぶん僕と君にとっては
それで十分だと思う
あえてひとつだけ記すなら僕は
話しかけなかっただけで毎日会いに来ていたんだ
もちろん  君にだよ
ここにきて 君をとおして星空を眺め
君の心ひかれるものに全ての感覚と時間と
やすらぎを費やしていた
それ以外は僕は相変わらず忘れっぽくて
ときどき人を欲しがるつまらない子供だ
あの反動のせいか…一度あれを飲むのを
こばんで以来 欲求の間隔が短くなっている























教室の友人たちにはずい分迷惑をかけて
しまっているのに 彼らも又、相変わらずだ
そうそう、変わらないといえば、君がのこしていった
あの小さなしるし。もとはといえば僕は
あれを見て君への想いを自覚したんだ
何をしていても すべてを禁じられても
これだけはかわらなかった
当然だ、僕は君の摂理に生かされていると
言っただろう?
僕はずっと君に愛されたいと願っていたんだ
君の姿を思って、あのしるしを結んだ君の指先の
仕草を想像して僕の胸は熱いくらいに
しめつけられる。まるで本当に君がここにいるみたいに。
涙があふれてくる
はじめてあのしるしを見た時と同じように。
そして この胸の痛みは
あの時の君の痛み、悲しみ
そして せつなさ
僕は
 --…運命のひとに出会ったと思ったんだ

『Aといえば、福音書が教えてくれた高価な真珠の
 ようなものだったわたしはそれを獲んがために、
 自分の
もつあらゆるものを売り払う男だった。
 たといその頃まだ
ほんの子供ではあったにしても
 恋を物語り、 そして彼女にたいしていだいていた
 わたしの感情を そう名づけるのはまちがって
 いるだろうか。それからのち、私の知ったことで
 何ひとつ これ以上に恋という名にふさわしく
 思われたものはなかった         』

『「だって、A、ぼくにいつまでも
 お母さんがいてくださらないことは
 わかってるじゃないか…それに、それはちがうんだ…
 「ぼくがこれからどんなものになろうとしても、
 それは
みんなAのためなんだ
 「ぼくは、ぼくはどうしたって離れない
 「だって、ぼくにみちを教えてくれるのは君なんだ』
『それは二人のあがめるおなじものの中に、
 おたがいを
夢中になって見いだすことなんだ.
 僕には実際、Aを






















 見つけるために、Aのあがめるものを
 ぼくもあがめている
ような気がするんだ
 むずかしい注文はたくさんだ。天国だって、
 そこで
Aに会えないのだったら
 ぼくはまっぴらだ』

12月17日
儚きは人の夢
夢は欲望の最も美しい姿
僕の欲望は命からくるもの
  そして 心からくるもの
他人に対する支配欲
僕の命が求めるのは物質ではなくて
手に入れた、という感覚だ
けれど 僕の夢は
 いつも 心からくるものなんだ
僕の心か、どれほど肉体に束縛されていようと
そこにはっきりとある想いが
唯一、のがれられない変化の中で
僕を僕であるものにとどめていてくれる
「変化」
変わってしまった、と僕が自白することが
一体どれほどつらいことかわかるだろうか
以前僕が
「変わってしまったのは僕なんだろう」
と記したことがある
それを認めることが、どんなに苦しいだろう
自分が、自分のあずかりしらぬところで、
しかも自然に変わっていく
でも僕は変化する以前の僕がわからない
僕は現在にしか生きることができないんだ
これはただひたすら僕を不安にさせる
だって 僕は生きてきたじゃないか
君をきずつけて
  悲しませて
それがどれほど胸の痛みを伴うか
今の僕にはわかるんだ
けれど紡いできた過去はとおりすぎると
そのまま、いともかんたんにほどけてゆく























君を苦しめたこと
僕のこの罪の意識だけが
唯一、僕と君をつなぐ糸なのに
原罪ばかりを背負った
ひどく罪深い命の軌跡
そんな僕が
僕にとって一番つらい、
君を否定したあの頃の記憶を
せめて、それを欲しいと思うのは
許されないことなんだろうか
僕の夢は
君を苦しめた僕の過去そのもの
未来、決して会うことの許されない君が
僕の手に残していった、血まみれの剣
その、あまりにも大きな罪に対する罰さえ
欲してはいけないのだろうか
君のいない僕の心なんて考えられない
僕にはもう 罪を犯すことも償うこともできない
君がいないから
ここに  僕のとなりに 君が
ならばせめて
その罰をめぐんでください
どうか
どうか
僕はどうしても  君を  忘れたくないんです



『でも、ぼくの好きなのはAなんです…だって伯母さん、
 ぼくがAを好きなのは、何も選んだためでは
 ないんですよ。どんな理由だなんて、考えさえも
 しなかったんです…    』
『大詩人という言葉にはなんの意味もないんですわね。
 大切なのは純な詩人であるということ…
 さあ、これらのすべてをわたしに教えてくださり、そして、
 これらを理解し、愛するように導いてくだすったことを
 ほんとうにうれしく想っていますわ  』






















『ところがわたしはちょっと歩きだすが早いかめまい
 がして、あなたはいつもの下から≪足もとを見ては
 いけないよ…まっすぐ見て!さ、歩くのをやめちゃだめ
 めあてをきめて!≫とどなっていてくださいました。
 そしてとうとう――これは口で言ってくださるのより
 ありがたかったのでした――あなたは土塀のはしに
 よじのぼって、私を待っていてくださいました…
 そのときは、体のふるえもとまっていました。めまいも
 しなくなっていました。そして、あなたばかりをじっと
 見つめて、あなたのひろげた腕のなかへ飛びこんで
 いったものでした…
 あなたを信じていなかったら、わたしはどうなって
 いたことでしょう。あなたを強い方だと思いつづけて
 いたいのです。そして、あなたを頼りにしていたいの
 です。どうか弱くおなりにならずに。        』    
12月22日
たとえば僕に 君をどれくらい愛しているかと聞いて
僕がその一生のすべてを見せる以外に
いったい 答がありうるだろうか
もしもあるとしたら 君と永遠に別れるときの
一瞬の、僕の姿だろう



『きのう「心の慰安」を読みました
 ≪まことにして永遠なる光栄を望むものは、
 ただいっときに過ぎざるものに意をそそぐことなし
 心にこれをさげすまざるものは
 そは自ら聖らかなる光栄を求めざることをしめすものなり≫
 そしてわたしは思いました
 ≪主よ、どんな地上の光栄ともくらべものにならない
 浄らかな光栄のため、わがJを選び
 たまいしことを感謝したてまつる≫           

『その1週間のあいだ、わたしは何か物たりないもののある
 ような、おびえたような、不安な、力ない気持ちで






















 暮していました。ああ、あなたがいてくださるときだけ、
 わたしには、自分がはじめて自分であり、自分以上の
 ものになれるように思われますの…』    
『…ああ、≪幸福≫と呼ばれるものは、どうしてこれほど
 魂と関係の深いものなのでしょう。そして外部から
 それを形作っているかに見えるもろもろものものは、
 なんと
価値がないのでしょう』    

1月2日
今日、夜があける時
僕は森を彷徨っていた
君をさがしていた
どうしてただろう、僕は君をさがしていた
みつかるとも、みつからないとも思っていなかった
この足が地を踏みしめるたび
同じ大地に立っているであろう君が
僕の全身に感じられて
でも その心地が欲しくて歩いていたわけではなく
僕は 君をさがしていた
あるかないかわからないものでも
探していると その存在がなぜか
確かなものに思われてくるんだ
けれど 僕は途中でめまいを感じて
そのまま力尽きたようにひざをついた
腕に力は入らなかった
呼吸が少し荒くなっていた
軽い頭痛と共に僕はそこに倒れた
倒れて ――…そのまま動けなかった
なぜ僕は
  君を さがしていたのだろう



『A、理屈を言おうとすると、言葉がたちまち凍ってしまう。
 そして、僕には、ただ心ののうめきが聞こえるばかりだ
 君が好きであればあるだけ、ぼくにはいまいことが






















 言えず、君を好きになればなるだけ、うまく話が
 できなくなるのだ。≪頭脳の愛≫ …僕は
 いったい、これになんと答えたらいいのだろう?
 全霊をかたむけて君を愛している場合、知性と心
 とのあいだに どうして区別ができるだろう  』    
『さようなら、お友だち。Hic incipt amour Dei.
 (神の愛ここにはじまる)ああ、どんなにあなたが
 好きでしょう … いつまでもあなたの   A  』    
『≪命を救わんとするものはこれを失うべし≫』